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「24年もかかってごめんね」元SMAP森且行が3つに分かれた5人を再び“1つ”にした日

 森且行がオートレーサーを目指し、SMAPを脱退したのは1996年5月のことだった。グループの冠番組SMAP×SMAP』放送開始の翌月である。

 今では珍しくなくなってしまった、現役のジャニーズアイドルのグループ及び事務所からの脱退だが、当時は異例中の異例のことだった。特に森は、その歌唱力の高さから初期のSMAPを引っ張っていたメンバーでもあり、6人の中で最も早く連続ドラマで主演を務めたのも彼だった。

 しかも、抜けたのは“1996年のSMAP”。 

 1991年に発売されたデビュー曲で、ジャニーズとしては珍しく1位を取れなかった当時を本人たちが「僕ら、落ちこぼれだったからね」と振り返った話は有名だが、この年はそれまで溜まったパワーをいよいよ爆発させんとしているとき。

 前年にはジャニーズとして初めて日本テレビ系列24時間テレビのパーソナリティーに抜擢。前月から香取慎吾の初主演ドラマ『透明人間』と、木村拓哉の初主演ドラマで社会現象にもなった『ロングバケーション』が放送している最中……。まさにSMAP全員が頂上に駆け上がり始めた、そんなタイミングだった。

ロングバケーション(Blu-rayジャケットより)

 森はメンバーにも言わずにオートレーサーの試験を受け、SMAP脱退を決意する。

“1番になれそうな船”から降りる決断

「すごいわがまま言って芸能界を出てきた」と自身で振り返っている通り、ファンはもちろん、世間も大きな衝撃を受けた。それは単純に、“そのまま乗っていれば1番になれそうな船”から降りる決断でもあったからだ。見えかけた成功を捨て、幼い頃からの夢をとる道。いや、当時はアイドルの成功だって長く続かないと思った人もいたかもしれない。その前年には、8年の活動期間で光GENJIが解散したばかり。SMAP以前に10年続いたアイドルグループは少なく、途中で勢いを失うことがほとんどだった。

 だが、あれからさらに20年、SMAPSMAPとして生き続けた。

 ジャニーズに限らずアイドル全体の寿命をSMAPが延ばしたといっても過言ではないだろうし、「SMAPは1番になった」と言っても誰も異論を挟みはしないだろう。

 ここで“1番”とあえて表現した理由は、彼らの曲の歌詞にかけたのではなく、森且行SMAPを辞めるときに他のメンバーと交わしたという約束にある。

「お互いに1番になろうね」

 先に果たしたのは5人のほう、と言っていいだろう。

 あの日以来、6人での共演はない。森自身も「日本一になるまではしないと約束した」と語っている。それどころか、脱退以降しばらくは、“もともとSMAPは5人”だったかのように報じられた時期もあった。

脱退後、“6人”が1つになったとき

 そんな6人の唯一の“共演”は、2014年の『SMAP×FNS 27時間テレビ』のフィナーレ。疲労のためか、途中で座り込む中居正広、5人中4人が40代を迎えて歌う光景に「そうか、5人がSMAPで居続けてくれること自体が奇跡なんだ」と感じていた27曲ノンストップライブの直後だった。

「あのとき、あんな無茶なことを言ったのに、暖かく受け入れて送り出してくれて、みんなに感謝しています」

 お台場を歩く5人に聞こえるように読まれた森且行からの手紙。そこには、これまで語られなかった森から5人への思い、焼肉屋で盛り上がったあとに、お尻を出して写真を撮ったという6人での最後の夜の描写が書かれていた。

 中居をはじめ、涙をためるメンバーもいた。こんな5人の顔は見たことがなかったからこそ、脱退から18年、ずっと5人の中に森且行が生き続けてきたことを重く感じる場面だった。言葉にしてこなかっただけで、きっと彼らは森且行を心の中に忘れずに戦い続けてきたのだろう。

最後の紅白歌合戦出場となったのは2015年だった ©BUNGEISHUNJU

 今思えばあの日は、脱退後に初めて、そして解散前最後に“6人”が1つになって輝いた瞬間だったのかもしれない。

 今でも少し思ってしまう。

 この2年後、SMAPの“終わり”がああなってしまうのであれば、この日が『SMAP×SMAP』最終回だったほうが幸せだったのではないか、と。

 そして終わりの日からそろそろ4年が経とうとしている2020年11月。朗報が届いた。

「約束守ったよ。でも24年もかかってごめんね」

 森且行も、オートレーサーという世界で1番になった。そして、優勝後のインタビューでも“あの約束”を果たしたことを報告したのだ。

 何かひとつを極めた人は、他の何かも極められる――。MC、俳優、歌手、アーティスト……最初に与えられたアイドルという枠を越えて活躍する5人の背中からそんなことを感じてはいた。そして、それは芸能という範囲すら超越するということを森且行の偉業は教えてくれた気がする。1つの世界で輝きを放つために努力を重ねてきた人は、他の世界でも努力を続けることができるのだ。

優勝カップを手にする森且行選手 ©KYODO

 “6人目”が頂上に上り詰めたこの日、すぐに“仲間”の5人がコメントを出した。もちろん、その知らせの性質の違いはあるとはいえ、ジャニー喜多川氏の訃報のときも、コメントを出すタイミングはここまで揃わなかった。

 木村拓哉が「それぞれの選んだ道で、それぞれがつかむもの」とコメントしたように、それぞれの道を進んだ5人、恩師の死をもってすら、4年間交わらなかった5人が、1つのことを一緒に喜んでいる――。森且行が、久々に5人を交わらせてくれた気がした。

 優勝後、テレビ番組のインタビューで「中居くん」「木村くん」「慎吾ちゃん」「剛」「吾郎ちゃん」と5人の名前を出しながら語る森且行を見て思った。

 今、3つに分かれてしまった5人を、フラットに語ることができるのは森且行しかいないのでは、と。いつか国民的アイドル・SMAPがもう一度ひとつになることがあるならば、それをしてくれるのは“6人目の1番”森且行なのではないだろうか。

 本当だったらもっと沸いていただろう2020年のニッポン。オリンピックだけじゃなくて、何かが足りない。全員がナンバーワンになったあと、SMAPというオンリーワンが再び、僕らの前に現れてくれることに……淡い期待を抱いてしまうのである。

 
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