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泣いてから、携帯電話を取り出し……昭恵夫人の“淋しさ”と「自分探し」が行き着いた先

 辞意を表明した安倍首相が最も長く在任した総理大臣なら、その妻は最も世を騒がせた首相夫人であった。

 コロナ禍の春でいえば、夫の安倍晋三は「布マスクを配れば不安はパッと消えますよ」という佐伯(さいき)耕三首相秘書官を信頼するあまり、布マスクの配布に躍起になった。

 対して妻の安倍昭恵はどうか。「不安と恐怖が、ウィルスに対する愛と感謝に変わった途端、ウィルスは、目の前で、ブラックホールから、突然、喜んで、消え去ります」と説く“ドクタードルフィン“に傾倒。「神ドクター降臨 in Oita」なるツアーに参加し、大分県宇佐神宮にお参りにいって、騒ぎを起こす。

 かつてレーガン大統領の「ファーストレディ」ナンシー夫人が占星術師に入れ込んだことから、占星術が政策やスケジュールに影響を及ぼすようになり、問題となったことがある。

 それをおもえば、ドクタードルフィンの主張が官邸のコロナ対策に影響することはなく布マスクで済んだのだから、安倍昭恵が「公人」ではなく、ただの「私人」で、ほんとうによかった。

昭恵氏の信条「『対話』をすればわかり合える」
 そんな安倍昭恵、「どんな人でも『対話』をすればわかり合える」(注2)を信条にしている。沖縄で政府が進めるヘリパッド建設現場にも出向いて、反対派と対話を試みたこともある。「対立、分離した世の中を『愛と調和』の世界にしていく」(注2)との思いからで、タカ派・保守派と目される夫と対立するひとたちのあいだに入っていこうというのだ。

 あるいは「脱原発」を訴えもしたし、LGBTの権利向上を訴えるパレードにも参加した。ときには大麻畑で微笑んで、日本古来の大麻文化を宣伝し、その流れで高樹沙耶と親交を深めもした。

 これらを見ると、政治が目を向けないところに目を向けさせようと自らが行動しているようにも思える。しかしそれではドクタードルフィンと旅行にいったり、手越祐也と宴会したりすることには、つながっていかない。

 では安倍昭恵の行動原理は一体なんなのか。よく言われるのは「自分探し」だ。

レールを歩む人生が、夫が首相を辞めて一転
 祖父と父が森永製菓の社長となる家系に生まれ、聖心女子を小中高と進み、専門学校を経て電通に入り、やがて大物政治家・安倍晋太郎の子息と結婚する。いわゆる親にしかれたレールを歩む人生であったろう。

 それが一転するのは、夫が最初に首相になってそれを辞めてからだ。首相夫人になって有名人になったことで、かえって何者でもない自分に気づいたのか、立教大学の大学院に通い、神社をめぐり、居酒屋の経営を始める。

 ノンフィクション作家・石井妙子の取材で、安倍昭恵は大学院生活をふり返り、「『自分の意見』が私にはなかった」ことに気づいたと述べている。そのいっぽうで、「読んだ本はみんな忘れてしまったし、論文もすごく手伝ってもらって書いた」「本を読んだりレポートを書くのは、正直なところ苦手でした」(注3)と漏らす。

 何かをきちんと学ぶのは苦手のようだ。だから学術とは違う土俵にある、理解しやすい疑似科学に傾倒するのだろう。

 そうしてFacebookなどでオカルトめいた言葉を発信するようになる。森友事件の際、渦中の籠池泰典の妻に「神様はどこに導こうとしているのか。とにかく祈っています」とメールしたのが知られるが、神道にとどまらず、安倍昭恵の興味は「波動」や「EM菌」、「オーラ測定」などにまで及んでいった。

 ちなみに斎藤貴男カルト資本主義』(文藝春秋・1997年)の「オカルトビジネスのドン『船井幸雄』」の章に、安倍昭恵の実父・松崎昭雄の名が出てくる。多くの企業が研修などでおこなう「超越瞑想(TM)」について、これをNECが取り入れたのは、同社の会長と「仲のよい森永製菓の松崎昭雄社長がTMを薦め」たからだとある。スピリチュアルの嗜好は親譲りなのかもしれない。

泣きながら携帯電話を取り出し……安倍昭恵が抱える“淋しさ”
 安倍昭恵が頼るのは、スピリチュアルの見えないチカラだけではない。安倍首相の威光というチカラ、つまりは政治権力にも頼った。

 たとえば2016年の参院選に出馬し「脱原発」などを訴えた三宅洋平に、安倍昭恵Facebookで「公邸でお待ちしてます!」と呼びかける。「公邸」に招くとは公人の振る舞いに思えるが、まだ私人か公人かの問題が起きる前であったので、当時は「上から目線」などとの批判がおきる。そうしたことから、ふたりは池袋の居酒屋で会うのだった。そこで安倍昭恵は随分と酔い、おまけに泣いたという。(注2)

 そのとき、安倍昭恵は突然、夫に電話をし、携帯電話を三宅洋平にわたして、安倍首相と会話させる。

 ここに安倍昭恵の淋しさがある。場を盛り上げようとして総理大臣に電話するなど、このうえない酒席の余興だ。しかしそこにいるのは安倍昭恵という個人ではなく、安倍晋三の妻、首相夫人でしかない。いや、それを期待されていると本人もわかっているから、携帯電話を取り出して夫とつなぐ。「自分探し」の行く末は結局のところは、権力者の妻であった。

 この「夫の威光」こそが安倍政権最大の問題を引き起こし、また自殺者を出すという悲劇を生む。森友事件だ。

 森友学園籠池泰典は、もともと「安倍晋三記念小学校」と名付けようとして進められた小学校建設の用地取得に手こずっていた。その最中の2014年4月、くだんの国有地を安倍昭恵は訪れて、籠池夫妻と3人で写真を撮る。このとき、シャッターを押したのは、同行していた「夫人付き職員」谷査恵子であった。

 その写真には、3人の向こうに小学校の予定地が写っている。しかし官僚には安倍昭恵の向こうに安倍首相が見えたろう。安倍昭恵は国家を借景にしているのだから。

「喜んでもらおうとしただけ」本当にそうなのか?
「スリーショット写真の提示以降、何もかもがスムーズに進むようになった。あまりにも近畿財務局の態度が変わったので、本当に驚いたものだ」。この写真を近畿財務局の職員に見せるとそれまで難航していた用地買収が一転したと、籠池泰典は著書『国策不捜査』(赤澤竜也共著・文藝春秋・2020年)に記している。

 一枚の写真が、官僚を動かし、不正を働かせ、その結果ひと一人が自殺することになる。記念写真を撮って喜んでもらおうとしたことが、知らないところで災いをもたらしたようにも見えるが果たしてそうか。権力に対する自制心のなさは安倍内閣だけではない。安倍昭恵もそうであった。

「どんな人でも『対話』をすればわかり合える」という安倍昭恵だが、自殺した職員の妻とは会うことを避けたままだ。

 
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